1章(要約)_3巻

「神との対話」(著者 ニール・ドナルド・ウォルシュ)kindle版を引用しながら、読んでいきます。

黄色のハイライト | 位置: 221
あなたのメッセージを伝える大使としてはあまりに貧弱すぎて、信頼を損ないそうです。

ピンク色のハイライト | 位置: 228
他人にどう思われるかを心配しているかぎり、あなたは他人のものだ。外からの承認を求める必要がなくなったときはじめて、あなたはあなた自身のものになる。

外からの承認が不要になる、というのは難しい。人はネットワークの中に生きているから、そこからはずれることは恐怖につながる。それをも乗り越える、自分にとっての真実があれば、いい、ということだろう。

黄色のハイライト | 位置: 251
それでは、いっさい「罪悪感」を感じなくていいのですか?

ピンク色のハイライト | 位置: 252
もちろん、感じなくていい。感じて、どんな良いことがあるのかね? 自分を愛せなくなるだけではないか。そうすると、ひとを愛するチャンスもなくなる
ピンク色のハイライト | 位置: 265
不安と罪悪感、 これは人間の唯一の敵だ。

「罪悪感は不要」とは、未来にしか意味がない、未来にどれだけのことが成し遂げられることだけが問題なのだ。という意味にもなるであろう。

ピンク色のハイライト | 位置: 304
愛は自らのためには何も望まない。ただ、愛する者の望みが実現するよう願うだけだ。

ここでいう愛する者は、地球にいる全員を対象にするものでありたいものだ。そうあるべきなのだ。

青色のハイライト | 位置: 311
愛についての神聖な二分法を理解するには、わたしのための最高の選択はあなたのための最高の選択だ、ということを理解しなければならない。この二つが同じなのは、あなたとわたしが「ひとつ」だからだ。

青色のハイライト | 位置: 314
神聖な教えとは神聖な二分法だ。人生そのものが二分法なのだからね。一見矛盾する二つの真実が、同じ場所、同じ時に共存するという経験、それが人生だ。 この場合、一見矛盾に見える真実とは、あなたとわたしがべつべつで、「ひとつ」だということ

二分法という言葉が多用されるが、この意味は、量子物理学でいうところの、量子の重ね合わせ、ということなのだろう。異なった状態が同一時空に存在している状況ということなのだろう。二分法という表現でなく、重ね合わせ、のほうがいいかと思う。
別件だが、二つだけでなく無数の重ね合わせがあってもいい気がする。

青色のハイライト | 位置: 322
他者など存在しない、と気づけば、自分にとっての最高の選択が相手にとっても最高の選択になる。したがって、過ちは自分にとっての最善を 選ぶこと ではなく、何が最善か わからないこと だ。それがわからないのは、自分が何者でありたいのか、ましてほんとうの自分は何者なのかがわからないためだ。

黄色のハイライト | 位置: 329
何が「最善」かは、あなたが何者で、何者になりたいかによって異なる。

青色のハイライト | 位置: 330
神であるわたしは、自分が何者になろうとしているかを 知っている。だから、自分にとって何が「最善」かも知っている。

青色のハイライト | 位置: 333
わたしにとっての最善とは、あなたが自分にとって最善だと決めたものを与えることだ。なぜなら、わたしは自分自身を表現しようとしている。それを、あなたを通して実行しているから。

青色のハイライト | 位置: 356
わたしの最大の望みは、自分が何者であるかを体験することだ。しかも、それは、わたしではない 場 を通してしか経験できない。 そこで、わたしはわたしではないものを創造した。自分を経験するためだ。 しかし、わたしは創造するものの すべてである。したがって、 わたしではないもの もわたしだ。

青色のハイライト | 位置: 363
わたしでないものは 何もない。したがって、わたしはわたしであり、わたしでないものだ。

青色のハイライト | 位置: 364
これが神聖なる二分法である。

この文章から読み取れる正しい人生の過ごし方は、次のようである。

①本当の自分が何であるかを理解する。
②上記に基づいて、何をすることが最善なのかを理解する。
③人生を過ごすにあたって、神になれるの環境、神になれない環境が作られている。
 その中を、「本当の自分が何であるかを理解」し、「何をすることが最善なのかを理解」して行動することで、様々な経験、体験をする。
④ヒトが行動する際、何をするのが最善かを知っているヒトに対して、「わたしにとっての最善とは、あなたが自分にとって最善だと決めたものを与えることだ。」という神がその言葉通り、ヒトに最善を与えるのだろう。
その結果、神の体験をしたり、神でない体験をする。
この2つの体験を相対的に体験をすることで、理念でしか知らなかった至高の存在としての神を実感することになる。

ここでめちゃくちゃと思うのは、神はいつまでも「本当の自分が何であるか」を説明しない。そうすると、「何が最善」なのか、わからず、人生を手あたり次第進むしかない。そのうち何万年かして、「本当の自分が何であるか」わかるんじゃない、それまで、ガンバッテ生きなさい、と言ってるように思える。そして、「本当の自分が何であるか」分かってないヒトにたいしては「最善のもの」をいまだかつて与えたことはないことになるのだろう。
なにせ、本書の主軸である「ほんとうの自分」を知らないでは、全ての内容が曖昧になってしまう。
「本当の自分」は何回も生れ変わらなければ理解できない、とも言ってるし、それでは本書はわからないだろう。

また、文章表現がわかりづらい。
「わたしでないものは 何もない。したがって、わたしはわたしであり、わたしでないものだ。」
これを下記のように表現したほうが分り易いと思う。
「わたしでないものは 何もない。わたしは「善のわたし・悪のわたし」という2種類のわたしをつくった。
したがって、わたしは「善のわたし」であり、また、「悪のわたし」でもある。「量子のもつれ」と同じく「わたしのもつれ」がわたしの存在様式なのである」

「わたしでないものは 何もない。したがって、わたしはわたしであり、わたしでないものだ。」
などという表現は、わざと文章の論理構成をめちゃくちゃにして、読者を幻惑し、何か偉大な言葉であるかのように装うとするスケベ根性が見え隠れするのは、当方の汚い心のせいであろうか。

青色のハイライト | 位置: 340
わたしは神である。わたしは女神である。わたしは至高の存在である。存在するすべてである。はじまりであり終わりである。アルファでありオメガである。わたしは太陽であり物質である。問いであり答えである。上昇であり下降である。左であり右、現在であり過去、未来である。 わたしは光であり、光を創造し、光を可能にする闇である。わたしは限りない善であり、善を「善」たらしめる「悪」である。わたしはそのすべてであり、存在するすべてである。そして、わたしは自分のすべてを経験せずに、一部だけを経験することはできない。

神を具体的に説明している。
神とは、「存在するすべてである。」ということなのだろう。
すべて、といわれても困る。
起こるすべてのことが神なら、生起するすべての自然現象、すべての心理現象を指して神というのだろう。
そこは、価値判断がない状態である。水が上から下へ流れるように、善し悪しなどない世界である。
人が存在する場を提供するだけが神のわざ。人は自分にとって益となるようにその場で価値判断をする。ということか。神に何か崇高な善を求めるのは間違いであって、神はヒトが住まう、意志がない、ただの場、でしかないのか。わからない。

青色のハイライト | 位置: 348
あなたを通し、存在するすべてを通して、わたしは自分を経験する。自分の選択を通じて、荘厳なる自分を体験する。選択はすべて自己の創造だ。どの選択も自己規定だ。
青色のハイライト | 位置: 352
選択肢がなければ、荘厳であるという選択もできない。わたしの一部が多少とも荘厳さに 欠けていなければ、荘厳な部分を選択することはできない。
青色のハイライト | 位置: 356
わたしの最大の望みは、自分が何者であるかを体験することだ。しかも、それは、わたしではない 場 を通してしか経験できない。 そこで、わたしはわたしではないものを創造した。自分を経験するためだ。 しかし、わたしは創造するものの すべてである。したがって、 わたしではないもの もわたしだ。

何度も、似たようなことを読んだ。
荘厳なる自分とは、どういう状態なのだろう。善も悪も備え、その上に、荘厳。荘厳は、善も悪も超越した状態なのか。わからない。
神とは、善悪すべて兼ね備え、荘厳で、自分を知るため自分でないものをつくる。なんて、意味わかる人いるんだろうか。
神の説明を受けても、分からないということは、ケーキを食べたことがない人が、言葉で説明されてもケーキのおいしさが永遠に分からないようなことなんだろうか。
ホント、疲れる。理論的に意味を追っていこうとしても、意味不明で、読む気力が萎える。

青色のハイライト | 位置: 378
あなたは、答えを知りたいと言う。だが、答えを知るという選択をしていない。選択していないのはわかるね。
答えを知るという経験をしていないからだ。じつは、あなたは答えを知っている。前から知っているのだ。ただ、知るという選択をしていないだけだ。答えを知らないと信じることを選択している。だから、答えがわからない。

青色のハイライト | 位置: 382
選択さえすれば、たったいま、すべてをもてる。神についての完璧な理解さえももてる。だが、自分がそれをもっているとわかるまでは、 経験 できない。

青色のハイライト | 位置: 393
「知っていることを知るためには、知っているかのように行動する」ことだ。

意味不明である。というか、ここは間違ってるのではないだろうか。
「自分は幸福である。」というのは、自分だけの内面で完結できる。
ところが、「自分は知っている」というのは自分と他者が認めないと、成り立たない。
感情と、理性(知)の状態は異なるものだ。
ダークマター、ダークエネルギーが生成される方程式を知っている、と何万年断言し続けても、結局その方程式を知ることができないだろう。
「知っている」と断言し続ければ、「ミレニアム懸賞問題」のリーマン予想の証明ができるのか。
「知っている」と断言し続ければ、超ひも理論における「カラビ-ヤウ空間」の全構造を表す方程式を知ることができるのか。
そんなことは、あるはずがない。
自分を起点として生成できる事柄は、断言すれば、できる。
自分を起点として生成できない未解決の自然の法則、数学の法則は、自身がいくら知っていると断言してるだけではそれらの法則は知ることができないであろう。
一体、私は何をしてるのだろう、ウォルシュのわけわかんないタワゴトニ、貴重な時間を費やしているだけなのか、

ピンク色のハイライト | 位置: 401
まず、「幸せ」(あるいは「知っている」「賢明だ」「優しい」)という状態になりなさい。その状態から、「行為」を始める。そうすれば、まもなく自分の行為が、結果として「所有したい」と思っていたものをもたらすことに気づくだろう。

ピンク色のハイライト | 位置: 403
この創造的プロセスを始動させるには(これはまさに創造のプロセスなのだが)、自分が「所有」したいものを見つめ、それが「もてたら」自分はどう「なる」だろうと考え、そのとおりになりなさい。

青色のハイライト | 位置: 406
そうすれば、いままでの存在──行為──所有というパラダイムを逆転させられる。パラダイムを正しく使って、宇宙の創造的な力を働かせることができる。

ピンク色のハイライト | 位置: 416
前もって、「こうあろう」と選ぶと、 それが経験できる。

ピンク色のハイライト | 位置: 419
幸せというのは、精神の状態だ。精神の状態はすべて、物理的なかたちで再生産される。

ピンク色のハイライト | 位置: 423
もっているように行動しなさい。そうすれば、それが引き寄せられてくる。そうであるように行動すれば、そうなれる。

ピンク色のハイライト | 位置: 419
前もって、「こうあろう」と選ぶと、それが経験できる。
幸せというのは、精神の状態だ。精神の状態はすべて、物理的なかたちで再生産される。
もっているように行動しなさい。そうすれば、それが引き寄せられてくる。そうであるように行動すれば、そうなれる。

これは、納得、で、勇気をもらえる言葉である。
疑うことなく、自分がこういう状態になるのは当たり前で、もう、そうなっている、ありがとうございます。ということであろう。

青色のハイライト | 位置: 429
身体と精神と霊魂が思考と言葉と行動のなかで統一されてはじめて、創造のプロセスが始まる。それが自然の法則だ。
青色のハイライト | 位置: 432
精神なしに創造することもできる。だが、これはむずかしいぞ。精神が信じていないことを、身体にさせなければならない。それを長く続けていると、精神が以前の考えを捨てて、新しい思考を創り出す。
青色のハイライト | 位置: 437
精神が信じていないことを身体がするのだから。
青色のハイライト | 位置: 440
行動すれば選択したことが実現するとは信じられないかもしれない。だが、神があなたを通して他者に善をなすのだと決意することはできる。だから、自分のために選んだことを、ひとにしてやればよろしい。

わからない、疲れる。脈絡のない文章を読み続けるのはストレスで時間ばかりが経っていく。
精神無しに行動が創造する、とは。行動は常に精神に基づくのではないのか、精神に基づかない行動は痙攣でないのか、痙攣は何も創造するとは思えない。私は一体何に時間を費やしているのか、意味不明な、ロゼッタストーンにいつまでつきあえばいいのだろう、時間がないのだ、意味があると思われない言葉遊びにたわむれている時間はないのだ。もっと、分かりやすく表現してほしいものだ。

青色のハイライト | 位置: 449
何かを与えると、自分が もっているもの を与えるという経験ができるからだ。自分がもってもいないものを与えることはできない。だから、精神は自分について新しい結論を出す。新しい考え方をする。自分はもっているにちがいない、 そうでなければ与えられはしないから、と。
ピンク色のハイライト | 位置: 460
宇宙は巨大なコピー機だから、あなたの考えを物理的なかたちで、つまりあなたの経験として再生する。

全財産を福祉事業者に与えると、もっと財産が増えるという事なのだろう、ホントカ?と疑うともうダメなんだろうなあ。よくわかんない。

青色のハイライト | 位置: 492
答えがわかっていれば、智恵があるはずだからね。 そこで、わたしに智恵を求めに来る。ところがわたしは、智恵者で あれ、と言う。するとあなたは智恵者になる。では、「智恵者である」ことへの最短距離は何か?  誰かを智恵者にすることだ。
青色のハイライト | 位置: 495
あなたは、質問の答えを知っているという選択をするか? それなら、 誰かに答えを与えなさい。

何を言いたいのか、何を言ってるのか、わからない。本書がおかしいのか、わたしがおかしいのか、、、
誰か、説明して。ちかれる。

ピンク色のハイライト | 位置: 513
自分を「傷つける」ことなど、できはしない。傷つくことはありえない。「傷つく」というのは主観的な反応であって、実在する事象ではない。どんな出会いからでも、どんな事象からでも、「傷つく」という経験は選べるが、それはあなたがそう決めるだけだ。

起こったことに対す手は、自分が元気になるような、解釈をすればよいのである。ということであろう。

オレンジ色のハイライト | 位置: 524
実在する事象はすべて、あなたが意識的に引き寄せている。すべての出来事は、あなたが無意識のうちに創り出している。人生のすべての人間、場所、ものごとはあなたが引き寄せている。自分で創り出していると言ってもいい。進化していくなかで、つぎに経験したいことを経験するのにぴったりした完璧な条件、完璧な機会を準備するためだ。

黄色のハイライト | 位置: 543
あなたの身に何かが起こったら、それで完璧なのだと考えればいい。神の世界では完璧でないものは何もないのだから。 あなたの人生、出会う人びとや場所、出来事はすべて、完璧なる創造者によって完璧に創出されたものだ。つまり、あなただ。 わたし があなたとして、あなたを通して創り出している。

よくいわれることだし、そうなんだろうな。
ただ、自分の思いが現れてくるということは、当然自分の思いがすべてのはじまり、思いを大事に丁寧に扱わなければ、と、意を決すべきである。
ただ、自分の出会う環境は、他者とのネットワークの中で生じることである。ということは、そのネットワークが都合よく、私のあるべき環境を作る出さなくてはならないだろうし、他の人にとってみてもおなじことがいえる。ということは、70億人の世界の人のに対して、全員の然るべき環境を作り出すという問題の解を、常に導き出していくとは、文字通り、神業であろう。

オレンジ色のハイライト | 位置: 553
あなたの望みのすべてが魂の望みと同じなら、非常に簡単だろう。あなたのなかの純粋な「 霊」に耳を傾ければ、決断はすべて容易で、結果はすべて喜ばしいものとなるだろう。なぜなら……霊の選択はつねに最高だから。霊が選択すれば、思い直したりはしない。分析したり、評価したりもしない。選択にしたがって行動するのみだ。

魂の通り、行動したいものだが、魂の言うところをどのように察知すればいいのか、それが問題だ。分からない。

オレンジ色のハイライト | 位置: 557
あなたは霊だけでできているのではない。身体、精神、そして霊魂の 三位一体 だ。それこそが栄光であり、驚異なのだ。あなたはしじゅう、三つのレベルで同時に決断し、選択している。それが、 必ずしも一致するとは限らない。
オレンジ色のハイライト | 位置: 560
身体が何かを欲し、精神はべつのものを求め、霊魂はさらにべつのものを望むことは、よくある。とくに、子供はそうだね。まだ未熟だから、身体にとって「楽しい」ことと、精神にとって理にかなっていることの区別がつかない。まして、魂への影響はわからない。だから、子供は道路に飛び出す。

そうなのかなあ。
三位一体はよく出てくる。n位一体も考えられるのではないかなあ(n=1.2.3……)。
身体、精神、そして霊魂の 三位一体で、身体が何かを欲することがあるのだろうか。欲するという意識は精神、魂だけではないのかなあ、。

青色のハイライト | 位置: 569

それぞれ(身体・精神・魂ー管理者注)の意思決定のレベルのなかにもまたレベルがある。
とくに精神のレベルではそうだ。
精神は、少なくとも論理的なレベル、直観的なレベル、感情的なレベルという三つのレベルのどれかで決断し、選択できるし、三つのすべてでも選択できる。この結果、さらにややこしい 葛藤 が生まれることがある。
また、感情のレベルには、さらに五つのレベルがある。
つまり 五つの自然な感情だ。悲しみ、怒り、 羨望、不安、そして愛。
さらにそのなかに、最終的な二つのレベルがある。
愛と不安だ。
愛と不安は五つの自然な感情にふくまれるが、どの感情も基本は愛と不安だ。
ほかの三つの感情は、この二つから派生する。
結局、すべての考えは、愛か不安によって支えられている。
これが偉大な二極性だ。原始の二元性だ。すべてはどちらかに還元される。
すべての思い、思考、概念、理解、決定、選択、行動はこのどちらかに根ざしている。
しかも、究極的にはたったひとつしかない。愛だ。
じつは、愛こそすべてだ。
不安さえも愛の派生物であり、効果的に使われれば愛の表現になる。

ここでは、精神レベルでの意思決定の構図について、特に感情的なレベルについて詳細に説明されている。
直観的なレベルについての詳細説明はないけど、直観は魂が大きく関与している気がするが、どうなんだろう。
感情的レベルでは、愛と不安に行き着き、最後は愛に行き着くという。しかし、愛自体がどのようなものであるか、詳細の説明がない。本書を通して、肝である「愛」「本当の自分」についての説明がなく、各々が考え感じるしかないのか、そうならば、まとまりがなく、本書の意義が薄れると思うのだが、どうなんだろう。

オレンジ色のハイライト | 位置: 602
抑圧されつづけた悲しみは、慢性的な うつ になる。非常に不自然な感情だ。人びとは、慢性的な うつ のために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 609
抑圧されつづけた怒りは、 憤怒 になる。非常に不自然な感情だ。人びとは怒りのために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 618
抑圧されつづけた羨望は、 嫉妬 になる。非常に不自然な感情だ。人びとは嫉妬のために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 625
抑圧されつづけた不安はパニックになる。非常に不自然な感情だ。人びとはパニックのために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 632
抑圧されつづけた愛は所有欲になる。非常に不自然な感情だ。人びとは所有欲のために人殺しをしてきた。戦争が勃発し、国が滅んだ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 634
自然な感情はあなたがたの友人だ。贈り物だ。経験をきざみ出す神聖な 道具 だ。あなたがたは、生まれたときに与えられたその道具を使って、人生をうまく渡っていくべきなのだ。

戦争が起きるのは、5つの感情が抑圧され負の感情が育まれることが原因と言っている。ただ、その負の感情に至る道筋は親が自然な感情を抑圧したことでは無く、歴史的ことがらの積み重ねにより、国民の多くが負の感情になることにより戦争が引き起こされると思う。起因すべきものは親の振る舞いではなく、歴史的なことがらの積み重ねであろう。どうなんだろう。

黄色のハイライト | 位置: 645
母親と父親が子供を育てるのは、間違っているんですか?

オレンジ色のハイライト | 位置: 648
たいていの親は、ほんの短い人生経験しかないまま、子育てをする。自分自身がろくに育ち終わっていなくて、答えを求め、 鍵 を探しているのに。

オレンジ色のハイライト | 位置: 657
子育てが終わってずっとたってから、すばらしい親になるための智恵と忍耐と理解と愛を身につける。

オレンジ色のハイライト | 位置: 663
生まれて四〇年、五〇年はまだ子供なのだよ。

オレンジ色のハイライト | 位置: 669
子供を つくる のは、よく発達した強い身体をもつ若者の活動だ。 子供を 育てる のは、よく発達した強い精神をもつ年長者の活動だ。

ピンク色のハイライト | 位置: 715
あなたがたは性的な気まずさ、抑圧、恥ずかしさを生み出した。それが性的禁忌、機能不全、暴力につながる。 社会全体としては必ず、気まずいことは禁止されるし、抑圧されたことは機能不全におちいる。 恥ずかしくないこと を恥ずかしいと思わされると、暴力的な行動になるのだ。

ピンク色のハイライト | 位置: 719
人間の怒りの大きな部分は性に関連している、基本的で自然な肉体の本能や利害、衝動などを抑圧したための根深い怒りだ、と言ったフロイトは正しかったわけですね。

黄色のハイライト | 位置: 733
子供をつくった者に育てる責任がないのなら、誰にあるのですか?

ピンク色のハイライト | 位置: 734
コミュニティ全体だ。とくに年長者だ。 進んだ種族の社会では、年長者が子供たちを育て、慈しみ、訓練し、智恵や教えや自分たちの伝統を伝える。

ピンク色のハイライト | 位置: 737
部族の年長者たちが子供を育てるから、押しつぶされそうな責任や負担を感じない。性の抑圧などという話も聞かないし、レイプも異常性愛も社会的な性的機能不全もない。

性について述べられている。新鮮な、正しい考えだと思う。性への抑圧の無意味さ、子供を育てる仕組み、納得させられます。
ただ、たばこをなかなかやめれない、禁煙は難しい、といわれるが、本能に結びつくようなものは、意志でコントロールすることは難しいと思う。性の営みを年少のうちに知ると、その本能を意志でコントロールすることは難しいのではなかろうか。理論的には、わかるが、実際生活面での落とし込みが重要だと思う。

ピンク色のハイライト | 位置: 743
あなたがたの社会のたくさんの問題の根にあるのは、配偶者も子供も個人的な所有物で、「自分のものだ」という考え方なのだよ。

ピンク色のハイライト | 位置: 747
ほとんどの人間は、三〇代、四〇代でも子供を育てるだけの力を備えていない。

ピンク色のハイライト | 位置: 770
尊敬する 年長者たち に子育てをゆだねなさい。親は、会いたければ子供に会えばいいし、一緒に暮らしたかったらそうすればいいが、子育ての責任を自分だけで負うことはない。肉体的、社会的、精神的に子供が必要とすることは、コミュニティ全体が満たしてやればいい。年長者の価値観に従って教育をするのだよ

うなずけます。子供をコミュニティで、年長者で育てる。そうかもしれない。じゃ具体的に、現社会に落とし込むにはどうしたらいいのか。実際に育てる年長者は誰がなるのか、祖父祖母か、他人の資格システムをつくり、その資格を持つ年長者か、親は子供がかわいいので、他の人にまかせる、ということにならないのではないか。親が育てることを基本にして、それをまわりが協力するのがいいのではないか。
幼児のころは保育園、幼稚園で充分か、
小学生から児童会館のようなものをつくり、そこで、年長者(おじいさん・おばあさん)が子供を育てるプログラムをつくる。
中学校、高校も同様な施設をつくり、家庭とその施設を有機的に結合させ、子供を育てる。
もっと、具体的に落とし込まなくてはならないが、私には時間がない、どなたか、続きを考えて頂けないだろうか。

黄色のハイライト | 位置: 778
あなたがたは、互いから遠ざかってきた。家族を分裂させ、小さなコミュニティを解体して、大都市をつくった。大都市にはおびただしい群衆がいるが、ひとりひとりが集団全体への責任を感じるような「部族」、グループ、氏族などは数少ない。だから実質的には、あなたがたには年長者がいない。とにかく、手の届くところにはいない。 年長者から遠ざかるよりもっと悪いことに、あなたがたは彼らを押しのけた。片隅に追いやった。力を奪った。恨みさえした。そう、一部の者は年長者を恨み、システムに巣くう寄生虫だ、彼らが福祉を求めるから、若者の負担がますます多くなると責めている。

まさに、同感です。
互いに顔が見える小グループが消えつつあります。そこで生じる豊かな感情が消えつつあります。豊かな感情の中には、喜びも、反対に争いの感情も生じて、面倒くさいことも生じますが、それらを全部含めて豊かな感情になるのでしょう。面倒くさい感情も大事なのでしょう。
具体的に落とし込むと、会社以外のグループとして、同窓会、町内会、趣味のグループを盛んにすべきなのでしょう。
年長者に対する考え方も、同感です。そもそも、年長者と引退とを結びつけることが間違いである。若者も、年長者も生を受けて、懸命に生きている人間である。会社を引退しても、人生を引退したわけでない。そもそも、自分が人生において何をしたいのか、それが腹にストンと収まっているなら、死ぬまで現役というのは当たり前でないか。自分が人生において何をしたいのか、ということが分からなく生きていることが問題であり、そこが小さい頃からの教育の問題である。







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