5章(要約)_3巻

ピンク色のハイライト | 位置: 1,699
ふれあうひとすべてに、あなたは価値があると思わせられるよう、努力しなさい。すべてのひとに、それぞれひととして価値がある、自分であるだけですばらしいのだと感じさせてやりなさい。この贈り物を与えていけば、世界を癒すことができるよ。

そうだよね、また、勇気をもらえます。
この感情は何なのだろう。
正しい感情なのか。
そう感じるということは、自分のこころに存在している自身を勇気づける思いが、本書の言葉に触れて、形を成して、意識に上がってきて、勇気をもたらすということなのか。

ピンク色のハイライト | 位置: 1,747
一般に、魂が身体を離れるのは完了したからなんだよ。その身体でしようと思ったことは完了している。求める経験はすべて経験しつくしているんだ。

ピンク色のハイライト | 位置: 1,754
死者は悼んでほしいなどとは、さらさら思っていないよ。 彼らが自らのより高度な選択によってどこへ行ったのかわかっていれば、彼らの出発を悼んだりはすまい。あなたがたの言う「あの世」を一瞬でも体験し、自分と神についての最も偉大な考えにふれることができれば、葬儀のとき心から 微笑むことができるだろうし、心は喜びに満たされるだろう。

ピンク色のハイライト | 位置: 1,761
泣くのはよろしい。亡くなったひとへの愛に敬意を表することだから。だが、身体を離れた喜ばしい魂を待っている偉大な現実とすばらしい経験を知っていれば、その悲しみも長くは続かないはずだ。

死に対する最高の珠玉の言葉である。
この言葉で、死に対する疑問がすべて消え去る。
感謝、感謝、しかない。

オレンジ色のハイライト | 位置: 1,796
限られた視点、コントロールのきかない考えをもって「死」ねば、その状態がもたらす経験をするが、もしも、もういやだと思ったら、「目覚め」て(意識的になって)、自分で自分の現実を創造しはじめる。あなたがたはこの第一段階を振り返って、そこを「 煉獄」と呼ぶ。第二段階、つまり望めば何でも思考と同じスピードで実現できる状態を、「天国」と呼ぶ。第三段階、つまり「ひとつであるもの」の至福を経験するところをニルヴァーナと呼ぶ。

フム、あの世について、簡潔に述べられている。

色のハイライト | 位置: 1,802
死後」ではなくて、 幽体離脱 の経験についてなんですが、教えていただけますか? いったい、何が起こっているんでしょうか?

オレンジ色のハイライト | 位置: 1,815
「啓示」を受けたと感じるとき、それが幽体離脱であっても、夢であっても、水晶のように澄んだ認識が訪れる魔法の瞬間であっても、要するにふいに「思い出し」ただけなのだ。自分がすでに創造していたものを思い出す。その記憶が非常に鮮やかなことがある。「神の顕現」だと感じることさえある。 そうした至高の経験をすると、「実生活」に戻り、ほかのひとが「現実」と呼ぶものと交じりあうのがとてもむずかしくなる。それは、 あなたの 現実が移行し、べつのものになっているからだ。拡大し、成長しているからなのだよ。そして、二度ともとのように収縮することはできない。 瓶 のなかに魔法使いを押し戻そうとするのと同じで、不可能なのだ。

幽体離脱について述べている。
「あなたの 現実が移行し、べつのものになっているからだ。拡大し、成長しているからなのだよ。」
ふむ。
拡大し、成長したいものです。

ピンク色のハイライト | 位置: 1,857
わたしたちはすべて神であり、誰もがつねに、「ひとつであるもの」から「分離」へ、そしてまた「ひとつであるもの」へと、永遠に終わらない旅を続けているんでしょうか。これが生命のサイクル、あなたが宇宙の車輪と呼ぶものなんですか。

人間の大きな物語である。大局観の頂点である。と思う。

オレンジ色のハイライト | 位置: 1,866
この世を去るときに悟りを開いた〈マスター〉だった者が、 自分自身として「戻る」こともある。 導師 や〈マスター〉が何十年か何世紀かのあいだにくり返しこの世に現れているという報告は、あなたも耳にしているにちがいない。

導師 や〈マスター〉といわれている方々は、このような背景をお持ちだったんだ。

青色のハイライト | 位置: 1,870
そうした報告をもとに一つの宗派が築かれたくらいだ。末日聖徒イエスキリスト教会などだね。

末日聖徒イエスキリスト教会(モルモン教)をあたかも、推奨しているように記されている。
色々な評価があるモルモン教が正しいと述べているのだろうか。
よくわからない。

ピンク色のハイライト | 位置: 1,893
生命の循環には、気が重くなることは何もない。喜びがあるだけだ。喜びと、さらに大きな喜びがあるだけだよ。〈マスター〉は、喜びより下の状態にいることはない。その〈マスター〉の状態を、いまのあなたは望ましいと思うだろう。 そこでは、エクスタシーを経験し終わっても、つねに喜ばしい状態でいる。喜びのために、エクスタシーを必要としない。エクスタシーが存在すると知っているだけで、喜びのなかにいられる。

生命の循環には、気が重くなることは何もない。喜びがあるだけだ。喜びと、さらに大きな喜びがあるだけだよ。とは、耳にここち良い言葉である。
その心境たる者や。無敵であろう。



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